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《ETAJIMA Fan Info》
2020年2月28日,フリーライター・丸古玲子(まるこ れいこ)さんの著書『江田島本』が発売された。
江田島の歴史と伝統を,現在ある姿のまま,島めぐりとそこに暮らす人への取材を通じて,描き出した一冊だ。
丸古さんは呉市出身。大学卒業を機に上京し,呉からはしばらく離れていた。東京では,ウエディング会社のセールスプロモーションを担当。仕事を続けるうちに,「取材される側から,取材をする側になりたい」そんな思いから二十代後半,ライターに転身。編集プロダクションへの勤務を経てフリーライターとなった。雑誌やウェブ媒体などでインタビューを主とした仕事をされている。
呉市在住の11人に取材し,インタビューとエッセイで町の歴史を綴った『呉本』を,2018年11月に上梓した。語り手の心情や空気感までとらえた文章は,呉の方言たっぷりで親しみやすさを備えつつも,ときには戦争の過酷さを受けとめる覚悟を,じわりと読者に突きつける。あの時代,呉の地に生きた人々の,魂の記録だ。
入船山記念館や海上自衛隊呉地方総監部など,昔ながらの名所から,平成以降に建設された大和ミュージアムまで幅広く取りあげた。観光ガイドブックとしての側面も持つが,その枠ではとても収まりきらない,時代の断層を詰め込んだ。過去から現在に生きる人々の活動から,いまの呉の町に歴史と伝統が受け継がれていることを伝える。
『呉本』は,刊行から半年を待たぬうちに第二版発行となり,好評を博した。また,この出版が評価され,丸古さんは呉市から「くれ観光特使」に選ばれた。
今回刊行された『江田島本』は,『呉本』の別冊として生まれた。
(写真左の『呉本』の装丁は青が基調。温暖な気候,MIKANマラソンで有名な江田島にはオレンジが似合う)
発売直後の3月2日,呉でのトークショーの前日に江田島市役所を訪れた丸古さん。多用の合間に,急なお願いであるにも関わらず,江田島ファンネットの取材に快く応じていただいた。
(著書を手に,笑顔の素敵な丸古さん)
(取材中のサイン入れ風景。手渡す前に吸い取り紙をはさむ,細やかな心遣いが印象的だった)
「できあがってみると,想像よりも厚くなってしまった」と,丸古さん。『呉本』414ページに続いて,『江田島本』も388ページと,ボリュームたっぷりだ。『江田島本』は,2か月に1回のペースで東京から江田島へ通い,約一年かけて原稿を完成させた。
執筆のきっかけは,どのような思いから始まったのだろうか――。
「『呉本』を読まれた方から,「よかったよ,次はぜひ江田島を!」と感想をいただいたんです。それで本気になってみようと。こういうのは本気になったものの勝ちだと思えたから」
著者と読者の距離の近さ,そして読者からの反応が次の著作への足掛かりとなる,丸古さんのスピード感とエネルギッシュさがうかがえるエピソードだ。
今回の『江田島本』において,丸古さんの江田島攻略の拠点となったのは,明岳周作(あきおか しゅうさく)江田島市長だった。
前作『呉本』を書く際には呉市役所を訪ね,そこで各分野に通じた人や読むべき資料を紹介された。ならば今回は,と江田島市長を表敬訪問。牡蠣やミカン,オリーブなどの特産品,第1術科学校,幹部候補生学校のほかにも,民泊や島の歴史,多くの伝統の継承があることを知る。そして,江田島市企画振興課の畑河内課長と,江田島市地域おこし協力隊・観光仕掛人の小林さんと出会い,江田島探訪の総合ガイドを得た。加えて丸古さんの個人的な縁からも取材とインタビューを進めることとなった。
(写真左:江田島市企画振興課の畑河内真(はたごうち まこと)課長。写真右:江田島市地域おこし協力隊・観光仕掛人の小林由佳(こばやし ゆか)さん。未知なるダンジョン江田島の冒険で,丸古さんの取材に同行した)
『江田島本』では,江田島を知るキーパーソンへのインタビューを軸に,島内に点在する名所紹介も多く盛りこまれ,ページを繰るたびに日帰り旅行のような楽しさが味わえる。入鹿明神社(いるかみょうじんじゃ)探訪の後日談に所収の「シルゴキ天神」発見までの顛末は,『呉本』の亀山神社遷宮と向こうを張っている感があり,読み比べてみるのも一興だろう。
江田島ならではの巡洋艦大淀の紙芝居や,旧陸軍による原爆救援活動,旧江田島海軍下士卒集会所・海友舎の建築保存,愚痴聞き地蔵尊の建立にまつわる話など,切り口も多彩だ。
丸古さんが,取材の感想を「しびれる」と表現されていたのが印象深かった。
『呉本』と同じく『江田島本』も,市内在住者から戦争の話を取材している。受けとめた話の衝撃,重さ。いただいた体験談をどう形にするか。自分がこの話を伝えて良いものだろうか。迷いや苦悩もあったという。
読みやすい文体ながらも,その体験談のひとつひとつは,心の中に確実に澱を残す。島内に散在する歴史の跡に,正面から向き合った丸古さんの真摯な姿勢が感じられる。
また,オリーブ栽培やカッター研修,さとうみ科学館などの観光や産業面にもふれて,重量級の体験談から町かどスナップ的な記事まで,硬軟のバランスがほどよい構成となっている。
中でも,第1術科学校・幹部候補生学校・教育参考館には,ひとつの章としては最も多くのページ数を持つ。
丸古さんが実際に,一般幹部候補生課程卒業式に参列した体験から得た「目の前にある伝統」。第1術科学校・幹部候補生学校の両校長へのインタビューを通して,「有形無形を問わない伝統の継承」への使命感が自身の中で,より明確に形づくられる。
本書の巻末付近に置かれた「伝承と伝説の島」【『ふるさとの民話「江田島・能美島」』より】。ここでの抄録は,実は重要な役割を持つことに気づかされる。江田島の昔話や伝説を収集したこの本から,能美町資料収集委員による編集後記を引用する。
「私たちは主として高齢者の話を収集しましたが,昔聞いた話,体験談などを語る高齢者の方々の眼の輝きにふれ,心のぬくもりを感じました。しかし,昔のことなど思い出したくない,触れたくない,忘れたいという高齢者もおられることがわかりました。
能美町の多くの高齢者は,昭和20年の軍艦「利根」への空襲時の恐怖,原爆投下の残酷さ,さらに21年のコレラ騒動による混乱した社会など,筆舌に尽くしがたい悲惨な体験をされています。このことと,それ以前に聞いた話とが「昔」の中に融合して「思い出したくない」というかたくなな心境となり,貝のごとく口を閉ざすのだろうと考えてみたくなります。けれども,このような体験こそ「人としてあるべき姿」を模索していくうえでの貴重な資料の一つなのではないでしょうか。触れたくない話を,重い口調で,とつとつと語る高齢者の体験談は,決して風化させてはならないと感じました。
(中略)昔話・伝説などは,過去・現代に関係なく,民衆の生活そのものでした。江能四町(江田島町・沖美町・能美町・大柿町)の民話収集活動は,この民話集の出版が一つの区切りになります。けれども私たちは,収集活動を通じて,まだまだ風化させてはならない多くの話が埋もれているように思われてなりません。それゆえ,この民話集を新たな収集活動への出発点として,さらに昔話・伝説をはじめ,戦争体験など四町で起きたさまざまな話題等を掘り起こし,後世に伝えなければならないと考えます」
(『ふるさとの民話「江田島・能美島」』 「ふるさとの民話」の編集を終えて より)
民話の編集・資料収集にあたった委員もやはり,取材に際して困難があったことがうかがえる。そして,丸古さんと同じく,収集によって後世へと語り継ぐ意思を,より強いものにしている。
――この民話集が,昔話,伝説,そして戦争体験を伝えていく必要を説き,そこへ『江田島本』が新たに連なる。
次の世代へ,江田島の歴史が受け継がれる瞬間に,わたしたちは立ち会っている。
江田島が,丸古さんという新たな語り手をひたすら待ち,求めていたのではないだろうか。
『江田島本』の執筆も,偶然ではなく,必然だったのかもしれない。
全部が見どころ,と話す丸古さんにお願いして特別に,ベストエピソードを選んでいただいた。
「山田さんに取材した『戦後68年の意味を知る。日本が日本でなかった期間』ですね」
このタイトル自体ミステリの要素を含んでいるので,ぜひ本書を手に取り,なぜ戦後68年か,その意味を知っていただきたい。江田島そして日本の過去と現在を,深く考えさせられるエピソードだ。
最後に,江田島ファンネットをご覧の方に,丸古さんからメッセージをいただいた。
実は,今年1月に,東京江田島ファン倶楽部の総会に参加されたとのこと。集まった皆さんから親しくしていただいて,盛りあがったのだそう。故郷からずいぶん遠く,距離も年月も離れても,またふるさとに帰ってきていい,帰る権利が自分にはあるんだと思えた。
「外に出た人間だからこそ,ふるさとを見つめることができる。ふるさとを離れた,あなたの意見が必要なんだ」と。
丸古さんからこの言葉をいただいたうえで,『江田島本』を,もういちど読み返してみる。
車窓から見える江田島の山桜や野の花について,こう書かれている。
呉も,市街地を山の方へ離れるとだいぶん田舎で,道端に野草がある。でも,江田島の草木は,もっともっと身近に迫ってくる。車の窓には常に,緑か,海かが,見えている。
これ,住んでいたら普通の風景なんだろうけれど。
外から訪れた身には,やたら特別で,贅沢だった。
もちろん,退屈な景色,と言う人もいるかもしれない。
そういう人は,ここにはなにもない,と言うかもしれない。けれど,なにもないと言う人は,なにがあれば満足するのだろう。
(『江田島本』「なんて大きな島なんだ 一周してみようと思うんです」より)
江田島の印象を書き表すのに,これ以上の言葉が見つからない。
週末や休日には,サイクリストが島をめぐる風景に遭遇し,市外からの移住者も少しずつ増えている。
住んでいたら普通の風景なのに,なぜ集まってきているのだろう。
住んでいたら知ることができない魅力を,はっと気づかせてくれる理由は,こういうことなのかもしれない。
(軍艦大淀慰霊碑近くの桜並木)
(沖美町のカフェ「ETTA JAZZ CAFE」付近。美能地区から是長へ向かう途中に見える桜)
(沖美町から能美町方面へ続く県道沿いの景色。すれ違う車もまばらで,おだやかな海が視界に広がる)
呉港からフェリーで約20分,高速船なら10分強。
とても近いようで,わたしからは遠かった現・江田島市。
けれど,呉とは切っても切り離せない縁がある。
呉のむかしを知っていくと,この島のむかしも知りたいと,どうしても欲が湧く。
(『江田島本』「はじまり」より)
「知りたい」興味と情熱から紡がれた『江田島本』。土地と歴史が持つ圧倒的な情報量の多さを,丸古さんの感性と筆致で,ぐいぐいと引き込まれる逸品に仕上がっている。歴史書のなかで色あせた昔の姿の集積ではなく,過去からいまへと多くの人に語られ,受け継がれた,現在進行形の江田島がここにある。
本書の最終章のまとめに書かれた「わたしは,この島が,好きになりました」が,全てを語っている。
誰かを,何かを,深く知りたいと思うのは,どういうときなのか。
それが好意でなければ,これほどに多くの言葉を尽くさないだろう。
次回作は未定だが,著者と一緒に回る『呉本』『江田島本』ツアーを企画中とのこと。こちらも鶴首して続報を待ちたい。
(取材日:2020年3月2日)
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[出版情報]
『呉本(くれぼん)~呉本 海軍、空襲、大和。ふるさと11人のインタビュー~』(2018年11月発行)
『江田島本(えたじまぼん)~伝統はだれが作る。伝統、伝承、伝説の島~』(2020年2月発行)
各定価:1,100円+税
※いずれも自費出版。丸古さん自身が版元「ちょうちょ人間」となり,そこから発行した。
amazonのほか,呉,江田島,広島,東京の各委託先にて購入可能。
詳細は,丸古さんのホームページ(https://maruru5.wixsite.com/maruko)で最新情報の確認を。