▼ニュース・イベント・お店・特産品
《ETAJIMA Fan Info》
前回の記事はこちら→【「縁,運命を感じたんです」――能美町中町にクラフトビール醸造所が誕生】
(※津田酒造で使われなくなった酒蔵を利活用して,酒類卸のヒラオカ(広島市)がクラフトビール醸造所を設置した)
津田酒造㈱:代表取締役社長・津田紘吏(ひろし)さん
聞き手,進行:江田島市政策推進課(企業誘致などの担当課)・川上さん
解説:江田島ファンネット
ひとつの転機の始まり
川上「今回のクラフトビールは割と,新規事業としては,スムーズでしたね」
津田「そうです。これは初めてですけど,江田島市の,我々,住民としてみれば。ひとつのもの,転機の始まりだろうというような気が,するんです。新しいものへのね」
川上「今まで通りでは,どうやっても今まで通りですよね」
津田「そうです。しかし今の時代,一つのもので10年20年続くことは滅多にないです。それをどのように変えていけるかと,いうことでしょうね」
この取材の際,津田さんに,敷地内の古物展示を見せていただいた。
今回は,その写真などを織り交ぜながら,津田酒造の歴史と日本酒造りの現況に焦点を当てる。
▲古物展示場前にて津田さん。かつての酒蔵の設備を活用。見学できるようにしている。
▲木製の扉や棚,はかり,金盥。古くからの酒造りと生活の空間がそのまま残されていた。
津田「酒を充填するところや昔の絞り器とか,いろいろあります。これは前に,中学校の生徒が来て,描いてくれたんです」
▲日本酒のホーロータンクには平成10年に描かれたペイント。
簡素ながらも的確に特徴をとらえたフェリーの絵。
穏やかな海辺の景色や潮風,山の緑をイメージして名づけられた“島の香”は,フェリーのある海の香りが,生徒たちに身近な島の香りなのかもしれない。
▲この蔵で酒造りが行われていた頃の様子。タンクの数や規模から重労働であったことが窺える。
津田「大きな洗瓶機(せんびんき)と,詰め機,製造ラインが,ありました。(パネルを示して)この釜は,クラフトビール醸造所になった場所から動かしてきたものです」
▲パネルを併用して丁寧に説明する津田さん。
▲クラフトビール醸造所になる前の酒蔵で使われていた蒸し釜。一度に1800lの米を蒸すことができる。
どの写真も,長年の功労を称え,慈愛の目線で撮影されていたのが印象的だった。
▲情緒ある酒蔵の外観や,発酵タンクなどの製造設備も収めたパネルの数々。
酒蔵スケッチの名手・加藤忠一さんによる,あたたかな筆致のイラストが卓上に彩りを添える。
日本酒を作り続けることの難しさ
津田「明治26年創業で,私が3代目ですが,“能美島に10軒余りを数えたが,平成元年では2軒を余すのみ”と……。こういうふうになって」
川上「もうその頃は,2軒になってたんですね」
▲津田醸の歴史(展示パネルより)
創業時は地元の人で造った杜氏蔵人も,製造石数の増加に伴い,遠方からの支援に変わっていった。
しかし担い手不足などにより,平成元年には能美島の酒造場は僅か2軒になった。
津田「結局,人がおらんのですよ。杜氏も勿論ですが,蔵人(くらびと)や,入って働く人が。
どこも皆そうです。ですから2,3人ほどの少人数,家族などでやるところも他所にはあります。
ただそれは,とてもじゃないが続けてできるもんじゃないんです。
それと少量を自分のところで作るのは殆どないです。採算が合いません。雇う人も,ある程度継続して雇わないといけませんから。
酒造りは,いったん始めたら日曜も祭日もない。ずっとやらないといけない。今の時代,それを続けられる人はいないんですよ。そうなると,どんどん酒造りに関わる人がいなくなる。
だから現代では,社員を使うところもあります。それと自動化。コンピュータ制御で醗酵を抑えたり,温度が何度になったら作業が止まるようにするとか。そういう設備でないと,できないんです。
でも純米酒や純米吟醸とか特別なものは,少量を作って品評会などに出すんですよね。それらは珍しさはありますが,飽きずに長く,飲み続けることはできんのです。
“寿司が好きでも,毎日毎日寿司は食べられない,白いご飯が一番いい”と,言うようなものでね。
だから売れる量は多くないんですよ。昔,1級や2級で売っていた普通酒が,晩酌に一番向くんです。
それがだんだん減って,純米酒などで小さい瓶に入れたりするようになりました。
でも,生産ラインに一升瓶が,どんどんどんどん流れていくようでないと,経営は難しいんです。
▲生産ラインの作業風景(展示パネル写真より)。
そんなことで酒造りを辞めたり,業種を変えたりされるんですが,主な原因は働き手がいないことです。他にもいま,海外では日本酒よりもウイスキーがブームになりかけてるでしょう」
川上「すごいですよね,あれ。値上がりして」
津田「それも何年続くか,分かりません。だから今いろんなところが,ウイスキー作ると言ってますね。
これらも一つの時代の転機なんです。その転機が近頃は,パターンが短くなりました。
昔は10年か20年は続いていました。ところが今や,5年や3年と,短くなっています。
この前も中学生が,地元の企業訪問で「ちょっと話聞かせて」と,うちに見に来てくれたんです。今度,クラフトビールがあそこでできるようになると話したら驚いていましたね。地産地消,地元で作ったもの・地元の製品を,みんなで盛り上げるようにしてくださいと,お願いしました」
川上「お店の話題にしても,今は辞める店が多いですからね」
津田「趣向や生活様式が変わったこともありますが,大きな原因は日本の人口減だと思うんです。だから,よそから遊びに来た人が消費する,土産に持って帰る,贈るとかね。そういうことがあると,やっぱり違うんですが」
飲みやすく飲み飽きない,愛されるお酒をこれからも
恵まれた気候と風土の中で育まれた麹菌を使う,日本の伝統的な酒造りの技術は,国の無形文化財に2021年12月に登録された。日本が誇る文化の産物でありながら,国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和3年調査分)」によると,広島県の清酒製造事業者数は34者しかない。80者を超えていた平成12年度調査時から,半数以上も減少した。担い手や労働力不足,事業の採算性などに加えて,消費者の生活スタイルや嗜好の変化が背景にある。
「地産地消,地元で作ったもの・地元の製品を,みんなで盛り上げるようにしてくださいと,お願いしました」
クラフトビールだけでなく,津田酒造の日本酒,そして江田島市の産物にも含意は及ぶ。地産地消は,見慣れた地元の商店や風景が,この先も続くために,少しずつでもできる応援だ。
やがて社会に出て,消費者となり,もしかしたら未来の担い手になってくれるかもしれない中学生に向けて,津田さんが話したこの言葉が――いつまでも心のどこかに生き続けてほしいと願うばかりだ。
▲津田酒造の代表銘柄「清酒上撰 島の香」。
ラベルは,現代書のパイオニアとして,前衛書道に大きな影響を与えた書家・上田桑鳩(そうきゅう)の作。
“すっきりした辛口,どなたでも飲みやすく,飲み飽きない”美酒は,300mlから,720ml,1800mlで展開。
津田酒造公式ブログ「しまのかおり」では,通年販売銘柄とあわせて,お中元やお歳暮にぴったりの季節限定商品も紹介。美麗な写真を配した“お酒の特徴と飲み方のご案内”は,実店舗でおすすめをされているような丁寧さが好印象。こちらもあわせて要チェック。
(2022年6月取材)
++++++++++++++++++++++++++++++++
【津田酒造公式ブログ「しまのかおり」】https://ameblo.jp/shimanokaori/
【津田酒造株式会社オンラインショップ】https://tsudasyuzo.com/shop/
【津田酒造株式会社】https://tsudasyuzo.com/